現状を詳細に深く把握する
デザインを決めるディレクタはプロジェクトを始めると様々な判断を下すことになります。判断のたびに指針となる判断規準を考えたり、基準値を考えていたのでは、一貫した判断ができなくなります。また判断に時間がかかってしまいビジネスチャンスを逸してしまう危険性があります。
私も精密機器のリーディングカンパニーでディレクションを行っていたころは、商品開発のステップや方法、品質基準など既に仔細に決められていて、ある時期まで全く疑いを持たずにそれらに基づいて商品開発を行っていました。しかしもっと小さくとか、今まで使ったことのないセンサーを使うなど新しい機能を搭載するとき、いままでの規準が役に立たなくなりました。
このような課題に直面し判断を迫られてから、ユーザの使い方を整理し直し、判断規準の新設や変更を行っていたのでは、社内外のステークホルダーからコンセンサスを取ることにも時間が掛かってしまい、結果として開発そのものが遅れてしまうことがありました。
全く新規課題を含むプロジェクトを開始する際に、想定し得る汎ゆる判断を事前に準備しておくことは不可能で、プロジェクトを進めるなかで考えていくことの方が多いかもしれません。
当たり前のように思っていた仕事のやり方や慣習にしたがって行う製品開発に決してイノベーションは起きません。製品アイデアと並んで製品に対する考え方もイノベーティブにしなければいけません。
そのためにプロジェクトの中で考えていくベースとなる考え方はしっかりと事前に用意しておくべきだと考えます。
明確にしておきたいスタンス
事前の最低限の準備として「現状はどのような状況にあり・立ち位置はどこか・軸足をどこに置き・どちらを指向しているか」という「スタンス」を以下3項目について相互の関係性を含めて考えて整理しておきましょう。これによって一貫性のある素早い判断ができるようになります。
「自社と自身(ビジネスパーソン)」
「社会の現状と影響」
「生み出す製品」
「自社と自身(ビジネスパーソン)」のスタンス
明確にしておきたいこととして自社と自身(デザインディレクタであるビジネスパーソンのあなたです)のスタンスがあります。
まず自社のスタンスです。このスタンスは所属している企業人が行動や判断をする際の土台となる考え方です。この土台がシッカリしていれば様々な課題に直面した際に自信を持って素早く判断できますが、土台がグラグラしていれば課題に対して答えがバラついてしまい、判断に一貫性がなくなってくるでしょう。この問いに対する答えの積み重ねが、製品に対する考え方や開発姿勢としてステークホルダーを巻き込み製品ポリシーとなり、ゆくゆくは企業理念や企業の使命の解釈として中長期戦略の指向となって、以降に生み出される製品に大きな影響を与えます。
この自社のスタンスは 企業の存在理由であるミッションや、企業の現在地を示す立ち位置を明確にすると共に、それらの優先順位も考えてみましょう。また今後の指向性や、プロジェクトを判定していくモノサシとなる判断規準は、長年に渡りユーザとの対話のなかから蓄積された定量的・定性的データや、自社での成功体験や失敗体験から生まれる好き嫌いなどで構成されています。
ここに企業戦略・事業戦略・デザイン戦略も入ります。企業戦略は「企業の中長期的な方針や計画」を指します。事業戦略とは複数事業をもつ企業での事業間の戦略ですが、一つの事業を専業として行っている企業であれば企業戦略と同じことになります。事業戦略に包含されるデザイン戦略は後述しますが「製品のアピアランスを通してユーザーに訴求したい中長期的な方針や計画」です。
このスタンスは企業のなかでハッキリしているようでハッキリしていない場合が多いと思います。
CIやBIを作りアイデンティティを社内外に提示することはできますが、この企業のスタンスは普遍的かつ絶対的なモノではありませんが、企業風土になってしまっているスタンスを変更することは大変です。
ましてスタンスを企業の公式見解としてハッキリとコンセンサスとしてまとめることは非常に難しく困難を極めると思います。それは企業は異なる機能を持つ組織で集合体ですから、それぞれ逆の立場として相い対している組織も存在し、本音と建前が相反することがあるからです。
私もこの企業のスタンスを打ち破ることが最も難しい仕事の一つだと思います。いままで何度も挑戦しては跳ね返さた経験をしてきましたが、スタンスを打ち破る因子が少しでも入ったプロジェクトが成功することで、少しづつですが企業のスタンスは変えることができます。最初から無理だと諦めずに粘り強く挑戦し続けてください。
ここであなたが経営者であれば、あなたのスタンスと自社のスタンスがを一致させることが比較的容易になりますが、企業で働くビジネスパーソンであれば、企業のスタンスを整序することと併せて、自身のスタンスも企業のスタンスと整合性が取れるよう整序する必要があります。
自身のスタンスは自社のスタンスとは差が生まれます。自身が作りたいと考えている製品が自社で作るべき製品と100%合致することはあり得ません。この違いは製品コンセプトを作る際に自身のスタンスを企業のスタンスに寄せていくように調整しておくことが大切です。
プロジェクト限定のスタンスとは
プロジェクトを成功させるために、前述の企業のスタンスがまとまるまで前に進めなくなるということがあってはいけません。
そのため自社のスタンスは曖昧なことを認めながら、当該プロジェクトだけに適応する「プロジェクト限定のスタンス」を取りまとめましょう。
逆の見方をすればほとんどのプロジェクトがプロジェクト限定のスタンスでしか運用されていないとも言えます。
そのためプロジェクト限定のスタンスとは、早期の売上を重視することが経営層に求められているため、CIやBIから若干の逸脱はあるものの、とにかくスピード優先で進めるという時限的な緊急プロジェクトが考えられます。
また逆に将来を見越した事業の多角化や先鋭化など、ゆくゆくは現行のCIやBIを刷新まで見通した試金石となるプロジェクトなどが考えられます。
社会と環境の現状と影響に対するスタンス
あなたの企業を取り巻く社会と環境が、どのようなスタンスでいるかです。自社や業界の生い立ちからくる既成概念となっている商習慣や、地域や国家など社会の現状と目指す指向性など、自身が属する社会の標準的なスタンスに誰もが縛られています。これは内部にいると自身では分からなくなることがあります。
現在の社会の現状はコロナ禍で今後の社会がどこへ着地するのか更に分かりづらくなっていますし、環境破壊に対する考え方のレベルもさまざまです。
このような中でも自身が属している社会は慣習によって考え方にバイアスが掛かっていないかを検証しましょう。
製品のスタンス
これは生み出す成果物そのものです。生み出そうとしている製品そのものが、長い目で見たときに、そのライフサイクル(黎明期・成長期・円熟期)のどこにあたるか、また自社の使命や目標、売上や利益の規模、開発に割けるリソースの多寡など、様々な条件によってそのスタンスは異なります。同じ業界だからみんな同様のスタンスにいるかは異なり百社百様になります。
このように異なる製品のスタンスをプロジェクトにおいて方向づけするのがデザインディレクタですから、ステークホルダーを説得できるように、誰よりも広く深く考えることで自信を持つことが大切です。
ではまた!
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